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原城跡 (ハラジョウアト)

Brief introduction

明応5年(1496)、島原半島を出て東肥前まで手に入れた有馬氏は、石高も26万石に達したといわれています。
9代目当主・有馬貴純は、有明海に囲まれた高台に築城を開始しました。本丸・二の丸・三の丸・天草丸からなる長崎県下でも最大の城郭を構築しました。

城はあまりにも美しく、見ているだけで日が暮れるという意味の「日暮城」とも言われました。

12代当主・義貞の時には、領土拡大を目論む佐賀の龍造寺に再三侵略されますが、島津氏の助力によって島原沖田畷の合戦で勝利し、島原半島南部を維持することに成功しました。

14代当主・晴信は慶長17年(1612)に岡本大八に対する贈収賄事件(岡本大八事件)に連座して甲斐国に配流後、切腹となりました。
15代当主・直純は有馬から日向国へ転封され、原城は有馬氏の手から離れることとなりました。

有馬氏に変わって島原半島を統治した松倉重政は、一国一城令に則り原城を廃城として島原城を築城しました。

1636年に勃発した天草・島原一揆では、島原城・富岡城を攻略できなかった一揆勢が立籠り、幕府軍と激しい戦いを繰り広げました。天然の要害・原城はその難攻不落を発揮し、幕府軍を苦しめたのでした。

1639年2月27日偶然にもはじまった幕府軍の総攻撃により落城し、立てこもっていた多くの一揆勢が討ち取られました。

現在は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産として世界遺産登録をめざしています。


関連ページ>>有馬キリシタン遺産記念館日野江城跡口之津港




Location
〒859-2414
南島原市南有馬町(原城跡) 
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FAX:0957-65-6336
URL:http://himawari-kankou.jp/
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南島原市
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歴史 

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